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2011.12.24 「なんいもないけどやってみた プラ子のアフリカボランティア日記」
        (栗山さやか・岩波ジュニア新書)

 静岡の田舎の高校を卒業後、東京の短大に進学。
短大2年のとき、渋谷にある109のショップで週末働
き始める。日焼けサロンに週3回は通う渋谷系ギャ
ルは、短大卒業後もその店で働き、店長にまでなる
が、22歳で退職。その後、OLやフリターをしていた
とき、九歳から近所で一緒に育った親友が25歳で
亡くなる。親友の一周忌が終わって海外に出ようと
決意し、世界放浪の旅に出る。東南アジアやインド、
バングラディシュ、ヨーロッパ、中東を一人で貧乏な
旅を続ける。そして、訪れた、アフリカの中でも特に
貧しいエチオピアの医療施設では、HIVや末期がん、
貧困に苦しむ女性たちだった。医者や他の国のボラ
ンティアからも見放された彼女たちに献身的に寄り
添い、多くの患者さんたちの最後を看取ったプラ子
の感動の活動日記です。
 著者のHP「プラ子旅する−−−まだアフリカです」
をまとめたものです。

2011.10.9 若き歌人・俳人

2011年10月9日(日)の天声人語
 青い閃(ひらめ)きに打たれる心地よさは同じとみえ、選者も姉妹の投稿を楽しみにしているという。
〈今すぐに大人になりたい妹とさなぎのままでいたい私と〉松田梨子(りこ)。〈走るのがおそい私は泳ぐ
のが苦手な魚と話してみたい〉松田わこ▼富山市の松田姉妹は、朝日歌壇にきらめく幼年歌人の代表
格だろう。梨子さん(13)、わこさん(10)は昨年春に初登場、掲載は仲良く30首を超え、はや常連の
域である▼よく互いを詠む。〈妹の笑顔の寝顔かわいくて歯磨き中のパパまで呼んだ〉、〈玄関でクルッ
と回ってスカートをふわっとさせてねえちゃんお出かけ〉。〈妹は新しいブーツ欲しくって勉強をするお手
伝いをする〉、すると〈新しいブーツで行ったコンサートきちんと足をそろえて聞いた〉▼歌は姉妹の成長
記でもある。〈試着室鏡の中に私より先にセーラー服着た私〉と姉は大人びる。妹は〈ガイドブックとおん
なじ抹茶パフェがきて京都を食べた上から順に〉と、おちゃめに我が道をゆく▼姉妹は母由紀子さん(41)
と散歩しながら、指を折る代わりに、大きな声と歩数で五七五七七のリズムを体に刻んだという。大地か
ら授かった歌心は、両親との歌集『たんかでさんぽ』(角川書店)にも息づく▼娘を「なでしこ」にしたい向
きもあろうが、足の使い道は色々ある。瑞々(みずみず)しい感性と情熱が三十一文字に向かう時、限り
ある経験や語彙(ごい)はハンディにならない。輝ける童心、恐るべし。大人にまねできない、今が盛りの
才能を見守りたい。

 2010年10月10日の朝日歌壇にも

 勉強のねえちゃん飛んで来ないよう静かに静かにぎょうざを包む  松田わこ

 と妹の歌が選ばれていた。

 俳句の世界でも、小林 凛 君(小学校4年生、10歳)は

 紅葉で神が染めたる天地かな   (2010年12月)
 影長し竹馬のぼくピエロかな    (2011年2月)
 黄金虫とりどりの動く虹       (2011年6月)
 ブーメラン返らず蝶となりにけり  (2011年7月)
 万華鏡小部屋に上がる花火かな (2011年7月)

 と朝日俳壇に入選をしている。

2011.04.18 みつはしちかこと俳句

 4月18日(月)の朝日新聞の朝刊に「小さな恋のものがたり」や「ハーィあっこです」
のマンガの著者で有名なみつはしちかこ氏の近況が紹介されていた。
 昨年3月に夫を亡くし、ひと月後には心不全で意識不明。2ヶ月の入院生活。退院
後の一人暮らしでは絵筆は取ることができなかったが、10代から続ける俳句には向き
会え、本名の青木 千禾子(あおき ちかこ 旧姓三橋)で朝日俳壇に句を投稿した。

  クーラーの嫌ひな夫婦元気なり         (2010年9月27日)
  
おそろしきものに夜更けの木の葉髪   (2010年10月18日) 
  街路樹の街秋風とはしやぎ行く     (2010年10月25日)
  さくらより濃き香濃き色さくら餅      (2011年2月13日)
  心臓の色の椿を拾いけり         (2011年4月18日)
  悲しみに寄りそふさくら咲きけり     (2011年4月24日)
  呼びに来よ初夏のカーテンふくらませ (2011年7月12日)
  衣更へて新老人の初々し        (2011年7月12日)

 1年弱、絵筆をとらず、生きる意味を問うてきた。詩画集「あなたにめぐりあえてほんとうによかった」(相田
みつお/書・詩 みつはしちかこ/絵 ダイヤモンド社)は復帰作となる。
 

2011.02.25 2011と素数

 「文藝春秋」2011年3月号に「博士の愛した数式」の著者 小川洋子氏が
知人からのメールに
 「2011は連続する11個の素数の和であり、連続3個の素数の和でもあります。
また、2011自身も、平成23年の23も素数ですから、今年は素数に囲まれた1年
なもかもしれません。」という紹介があります。

 
2011=157+163+167+173+179+181+191+193+197+199+211
    =661+673+677

2010.12.26 折り紙の本 「おりがみ あじさい折り 藤本修三ワールド」
                (誠文堂新光社 1800円)

 藤本修三氏は1922年、大阪生まれ。
国立浜松高等工業応用化学科を卒業。
元兵庫県立高校教諭(化学)。折り紙で
授業する先生として近隣の学校にも知
られた存在であった。藤本氏の折り紙
は日本のみならず、広く外国にも知られ、
「フジモトキューブ」「フジモトアップル」は
特に有名である。しかし、藤本氏の著書
は含蓄の深い本ではあるが、分かりやす
い本とはいえませんでした。
 そこで、今回、斉藤聡子さん(西三数学
サークル)と丹羽兌子さんが折り手に優し
い本を作りたいと話していた2009年の秋、
同じ思いを持っていた布施知子氏と出会
い、1年間の作業を経て、「あじさい折り」
をまとめたのがこの本です。
 見た目も美しく、心洗われる折り紙の
本です。

2010.12.20 書評

「理系への数学」(現代数学社)2011年1月号の「今月の本」に岸 吉堯氏による
「たのしくわかる数学100時間」(日本評論社)の書評が出ています。 
 岸 吉堯氏は1937年生まれ、元兵庫県立高校教諭、著書は「入試問題が語る
数学の世界」(現代数学社)、「現代の綜合数学 T 高校生の代数・幾何」(現代
数学社・1973年発行。。橘 謙、名倉嘉尊らと共著、現在は「大道を行く高校数学」
という書名で、再発行されている。)
書評を見る

数学教室(国土社)2010年7月号には瀬山士郎氏による「見える数学 1 手作りの
教具・教材」(星の環会)の書評が出ています。 
書評を見る

2010.12.8 朝日俳壇

朝日新聞11月29日(月)の朝日俳壇に

 木枯や目玉の中の西東 (前橋市)瀬山 士郎

という句が載っています。選者は金子 兜太氏です。「数年前から俳句を作り始めて、
落選につぐ落選の果てに今度初めて朝日俳壇で選句されました」
(瀬山氏のHPより)
とのことで、本当におめでとうございます。
 瀬山先生(群馬大学)は西三数学サークルの合宿研究会や東海地区の研究会にも
講師として何度か来ていただき、いつも数学教育の新しい視点を気づくかせていただい
ています。今後は朝日俳壇からも目が離せません。

2010.08.06 広島市長 平和宣言

 数教協前委員長野崎先生の教え子である広島秋葉市長の平和宣言には、かつて、
大学で数学を教えていた、“数学者”の言葉が感じられました。

 「内閣総理大臣が、被爆者の願いを真摯に受け止め自ら行動してこそ、『核兵器ゼロ』
の世界を造り出し、『ゼロの発見』に匹敵する人類の新たな一頁を2020年に開くことが可
能になります。」

2010.7.25 森 毅先生ご逝去

 数教協の大会では、東海地区へ河和の全忠寺の第1回大会以来たびたび足を運んでいただいた。
自分としては、81年10月に知立で西三数学サークルと豊田高校生活指導研究会共催で、「厳しい
学校か、楽しい学校か」というような趣旨で、生活指導の実践家とのバトル講演をしていただいた。
そのあと、気楽に夕食交流会につきかってきただき、「学校ファシズムを蹴っとばせ」(1981
年6月太郎次郎社刊)という著作に《サボり教師のために  森一刀斎》というサインをいただいた。
「受験とつきあう方法」「受験戦争の中の数学」などの話を興味深く読んでいたこと思い出す。
 その後は、沖縄大会以降新聞やCMなどでしかお目にかかれていないが、今から思うと電話ひとつ
で無茶な企画にも快く(と私は今でも思っている)応じてくれた森先生に改めて感謝し、お悔やみ
とします。                                   (Hirota)

朝日新聞「天声人語」2010年7月27日(火)付

 数学者の森毅(つよし)さんは京大の教授だったころ、授業で出席をとらなかった。
あるとき、出席をとってほしいと学生が言ってきた。単位取得に出席を考慮してほしい、
ということらしい。そこでこう答えたそうだ▼「よっしゃ、出席してないヤツは少々答案
の出来が悪くても同情するけど、出席したくせに出来の悪いのは容赦なく落とすぞ」。
学生は黙ってしまったそうである。自身、学生のころよくサボった。父親には
「学校を休んだ日は、学校へ行くより充実した一日を送れ」と言われていたそうだ
▼さまざまな逸話や、社会問題へのユニークな発言で「最後の名物教授」と親しまれた
森さんが亡くなった。退官後は自ら「老人フリーター」や「言論芸能人」と称していた。
自分にも他人にも、自由と放任を貫いた人だった▼発言はしなやかで飄々(ひょうひょう)、
ときに過激でもあった。だが姿勢は一貫していた。「新しいことを始めるには優等生だけ
ではだめ。突拍子もないことを言い出すのは、大抵はスカタンですわ」。
はみ出しがちな人への愛情が言葉の端々ににじんだ▼『エエカゲンが面白い』
『まあ、ええやないか』『ぼちぼちいこか』……。肩の力を抜いた著書名の数々は、
人生の達人からのエールでもあったろう。「元気になれ、がんばれというメッセージが
多すぎる」と案じてもいた▼入学から就職まで最短で駆け抜ける今の大学に、
さぞ苦言は多かったに違いない。「予定通りの人生なんてそうあるもんやないよ」。
享年82。あの柔らかい関西弁がどこからか聞こえる気がする。

2010.5.17 国際宇宙ステーションを見よう

 下の2枚の画像の矢印の先にあるのが、人工衛星(国際宇宙ステーション)です。
音も無く、スーと移動していきます。高度が高いときは、1等星よりも明るく見えます。
明るいのが月で、屋根の上の星が金星です。(5月17日20時9分頃)

見える時間は、HP:名古屋市科学館→天文情報→国際宇宙ステーション(http://www.ncsm.city.nagoya.jp/astro/iss/)
に下図のような情報が載っていますのでそれを見て探してください。

2010.01.23 「知覚の扉」豊田市美術館

会期: 2010年1月9日[土]−3月28日[日]
休館日: 月曜日(1月11日、3月22日は開館)
開館時間: 10:00−17:30/入場は17:00まで
会場: 豊田市美術館 展示室1、2、3、4
主催: 豊田市美術館、「あいちアートの森」実行委員会
観覧料: 一般300円[250円]、高校・大学生200円[150円]、

 
蛍光管が下から上に順に点滅し、中に
いると、上昇しているように感じる。



 
上下は鏡で周りはスクリーンとなって
おり、外から映像が流れれ来る。

 
斜めから見ると森が見える。

 
正面からはばらばらの木が見える。

 出口の片隅に「誰も来ない展示室」と
名づけられた展示物

 
作品は小さなテーブルや食器がおいて
ある。

 
美術館の入り口にドームがある。

 
中に入ると、ドームの表面には小さな
穴が開いており、星座のようである。